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大阪高等裁判所 昭和55年(く)2号 決定

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

一、本件即時抗告申立の趣旨は、原決定主文第二項「請求人のその余の請求を棄却する」との部分を取り消し更に相当の裁判をされたいというのであり、その理由の要旨は、原決定が、後に無罪の確定した神戸地方裁判所昭和四一年(わ)第六九四号恐喝被告事件(以下A事件という)によつて、請求人が勾留されていた同年七月一日から保釈により釈放された同年一〇月一五日までの一〇七日の間の拘禁に対する刑事補償請求を棄却したのは違法であつて取消を免れない、というのである。

二、そこで調査するに、関係記録によれば、請求人は同年四月三〇日A事件の被疑事実で逮捕されその後引き続き勾留され、同年五月二一日起訴されたが、同年一〇月一五日保釈により釈放されたこと、右期間のうち四月三〇日から六月三〇日までの六二日間の逮捕、勾留は概ねA事件の捜査及び公判審理のために利用されたこと、しかしその後の七月一日から一〇月一五日までの一〇七日間の勾留は、同年七月一日に起訴された同庁同年(わ)第九六八号恐喝被告事件(以下B事件という)の公判審理並びに同年七月二〇日に起訴された同庁同年(わ)第一〇五九号恐喝被告事件(以下D事件という)の捜査及び公判審理のためにも、また右一〇七日間の勾留のうち同年八月一九日以降は、同年一〇月一四日に起訴された同庁同年(わ)第一四八七号暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件(以下C事件という)の捜査及び公判審理のためにも、B、C、D事件につき逮捕、勾留の手続がとられることなしに、それぞれ共に利用されたこと、なおB、C、D事件の事案などに照らすと、そのそれぞれについて請求人を逮捕、勾留する理由と必要性とが肯認できるから、もし請求人がA事件で勾留されているのでなければ、捜査及び公判審理中の逃亡及び罪証隠滅を防ぐため、B、C、D事件で請求人を逮捕、勾留したであろうけれども、たまたまA事件によつて勾留されている関係上、B、C、D事件のそれぞれについても逃亡及び罪証隠滅が防止されているので、これらの事件については各別個に逮捕、勾留の手続がとられることなく、A事件による勾留状態を利用して、被告人の取調などの捜査または公判審理がなされたものであること、そして昭和五四年五月一〇日前記裁判所は、一個の判決で、A、Dの両事件について無罪、B、Cの両事件につき懲役一年六月、未決勾留日数中六〇日算入、三年間の執行猶予判決の言渡をし、右無罪部分は控訴期間の満了により確定したが、右有罪部分は請求人が控訴して現在大阪高等裁判所に係属中であること、原決定は、前記六二日間の逮捕、勾留は、専らA事件の捜査及び公判審理に利用された抑留拘禁であるとみて、これに対する刑事補償請求を認容したが、その後の前記一〇七日間の勾留は、A、BまたはA、B、C事件の公判審理のために共に利用された拘禁であるから、B、C事件の未確定の間は刑事補償法三条二号の裁量的判定をすることができないとして、これに対する刑事補償請求を棄却したことが明らかである。

三、ところで所論は、右のようにA事件による勾留状態を利用してB、C事件の捜査及び公判審理を行うというようなことは許さるべきでないから、本件刑事補償請求に対しB、C事件のためにA事件の勾留を利用した事実は参酌すべきでないというもののようであるが、本件においては、たとえばA事件による勾留の理由及び必要性がないのに、専らB、C、D事件の捜査及び公判審理に利用する目的でA事件による勾留が継続されたというような、令状制度の趣旨を潜脱する余罪捜査などがなされた特段の事情は窺えないから、A事件の勾留を余罪であるB、C、D事件の捜査及び公判審理に利用したことは適法であり、前記所論は前提を欠き採用できない。

また所論は、刑事補償法三条二号を適用するためには、同号にいわゆる「他の部分」即ち有罪の裁判を受けた部分についても令状によつて逮捕勾留されていたことを要すると解すべきであるから、B、C、D事件について逮捕勾留の手続がとられていなかつた本件では右法条を適用することができない旨主張するもののようであるが、右法条は、併合罪の一部につき有罪、他の部分につき無罪の判決があり、しかも同法にいう抑留拘禁が有罪部分と無罪部分との双方の捜査または公判審理のために利用されたときは、その利用関係の実質に応じて補償すれば足り、無罪部分があるからといつてただちに当該抑留または拘禁の全部についてまで補償をする必要はないとの趣旨であると解されるうえ、ある事件で既に勾留されているときは、余罪につき逮捕、勾留の理由と必要性とがある場合でも、重ねてその手続をとることなく、他事件の勾留を利用して余罪の捜査及び公判審理をする場合が多いことをもあわせ考えると、有罪の裁判を受けた部分についても逮捕、勾留の手続がとられていたことを要するという所論見解には左袒しがたい(大阪高裁昭和二七年二月九日決定高刑集五巻一号九七頁、東京高裁昭和三四年五月二六日決定高刑集一二巻五号五三九頁参照)。これを本件についていうならば、前記一〇七日間の勾留は、なるほど後で無罪の確定したA事件の関係でなされたものではあるけれども、同時にB、C、D事件の捜査または公判審理にも事実上適法に利用されている以上、右勾留全部が実質的にみて専らA事件の公判審理のためのものであつたとはいいがたく、したがつて右一〇七日間の勾留に対する刑事補償は、無罪が確定したA事件のために実質的に利用した場合に応じてすれば足るというわけである。よつて前記所論もまた前提を欠き採用できない。

四、ところで、右の有罪部分と無罪部分との実質的利用関係は、その両者共用の抑留拘禁の期間を、両者の事案、抑留拘禁の必要性の程度、捜査または公判審理のための利用の実情など諸般の事情を勘案して、有罪部分に利用された期間が何日間、無罪部分に利用された期間が何日間というように、裁量的に分割してこれを定めるわけであるが、本件の事案に照らすと、有罪部分即ちB、C事件が未確定の間は右の裁量的判定を下すのは相当でないと考える、即ち、原決定は、前記のとおり請求人が逮捕された昭和四一年四月三〇日からB事件の起訴された日の前日である同年六月三〇日までの六二日間の逮捕、勾留をA事件専用の抑留拘禁とみて刑事補償請求を認容しており、これについては不服申立がなされていないこと、また神戸地方裁判所は、前記のとおり昭和五四年五月一〇日一個の判決でA、D事件に対し無罪を言渡すとともに、B、C事件に対し懲役一年六月、未決勾留日数中六〇日算入、三年間執行猶予の判決を言渡し、右有罪部分が請求人の控訴申立により現在大阪高等裁判所に係属中であること、並びに未決勾留日数の本刑算入に供された日の抑留拘禁に対し重ねて刑事補償をすることはその性質上許されないことを考えあわせると、前記六〇日の本刑算入部分は、原決定がA、BまたはA、B、C事件の共用の勾留期間と判断した前記昭和四一年七月一日から同年一〇月一五日までの一〇七日間の一部であるとみるほかはないから、現時点で刑事補償の対象として一応考えることができるのは前記一〇七日から右本刑算入日数六〇日を控除した四七日であるとみられるかもしれない。しかしながら右四七日のなかにB、C事件の捜査または公判審理のために利用されたが本刑に算入されるには至らなかつた部分もありうること、そしてB、C事件未確定の現時点において、仮に、前期四七日間の勾留の全部または一部をA事件の公判審理のために利用された拘禁であると裁定してこれに刑事補償をしたとすると、後に控訴審裁判所がB、C事件の有罪の原判決を破棄する場合などに、未決勾留日数の本刑算入の関係で、未決勾留期間を先取りして刑事補償をしたことが支障となる場合も生じうること、有罪部分と無罪部分とに共に利用された拘禁に対する刑事補償が問題となる場合において、もし未決勾留日数の本刑算入があれば、まず右算入日数を控除し、その残日数につき、刑事補償が検討されるべきであることにかんがみると、B、C事件未確定の現時点においては、A、B、DまたはA、B、C、Dの各事件の共同利用にかかる前記一〇七日間の勾留のうち何日がA事件の公判審理に利用されたものかを裁定するのは相当でないから、右一〇七日間の勾留に対しA事件の無罪確定を理由とする刑事補償をすることはできないものと考える。したがつてこれと結論を同じくする原決定は結局正当である。

五、ところで所論は、原決定によれば、請求人は、A事件の無罪確定を理由とする刑事補償請求をA事件確定の後とB、C事件確定の後との二回にわたつてすることになるところ、(1)法令の解釈上果して原決定のように刑事補償請求を二回に分けてなしうるか疑わしいうえ、(2)B、C事件の確定までに長年月を要したときは、A事件について刑事補償を請求すべき期間の三年を徒過し右請求をすることができなくなる場合もありうるから不都合であり、これらの点からしても、A事件の勾留をB、C事件の捜査及び公判審理に事実上利用したことはA事件の無罪確定を理由とする刑事補償請求においては参酌されるべきではないというもののようであるが、刑事補償法七条が、補償の請求は無罪の裁判が確定した日から三年以内にしなければならないと定めているのは、無罪の裁判が確定した日から直ちに刑事補償請求のできる通常の場合を規定したものであつて、無罪の裁判が確定しても法律上の障害があつて右確定の日から直ちに刑事補償請求をすることが妨げられている場合は、右障害のなくなつた日から三年以内に右請求をすべきものと解する。そしてこの見解によれば、所論(2)の期間徒過の不都合は回避できるし、所論(1)の刑事補償請求を二回に分つてすべき場合のあることも法の是認するところということができる。そして本件は、A事件の抑留拘禁が、専らA事件の捜査及び公判審理に利用された部分とB、DまたはB、C、Dの各事件のそれにも共に利用された部分とに区分でき、前者のA事件に専用の部分に対するA事件の無罪確定を理由とする刑事補償請求は前記の通常の場合に該当し、また後者の他事件との共同利用の部分に対する右同刑事補償請求は、B、C事件の未確定のため共同利用部分のうち何日がA事件のために利用されたか決めることができず、前記の法律上の障害のある場合に該当するから、本件はA事件の無罪確定を理由とする刑事補償請求を二回にわたつてなしうる事案であり、原決定もこれと同旨であると認められ、その見解に法解釈上の過誤はなく、前記所論は採用できない。

六、よつて本件即時抗告の申立は理由がないからこれを棄却することとし、刑事補償法二三条、刑事訴訟法四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。

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